全3回でお届けする「ラン活ハック・シリーズ」。
前回は、RFP(提案依頼書)を用いて膨大なカタログを冷酷に絞り込む手法を解説しました。
親(プロジェクトマネージャー)としての仕事は半分終わったようなものです。しかし、ここで最大の難関が立ちはだかります。
最終使用者(エンドユーザー=5歳児)との合意形成 です。
子供に「どのランドセルがいい?」とカタログの山や巨大な展示会場をそのまま見せてはいけません。
彼らは機能性や重量など一切気にしません。「金ピカがいい!」「光るやつがいい!」など、プロジェクトを崩壊させる無茶な要件(機能追加)を平気で要求してきます。
カタログには金色のランドセルも実際にありますし、安全のための反射板が光っている様子がたくさん載っています。特に我が子は光るかどうかにずっとこだわっていました。
しかも、実物を見に行くと「金色!」には、意外にも興味を惹かれなかった様子。
代わりに留め具が「自動ロック」になっているランドセルに男心をくすぐられたようで、何度もカチャカチャと外して付けてを繰り返していました。
このように、エンドユーザーの要件は次々と変わっていきます。
正直、子どもが本当に気に入ったものがあれば、とやかく言いたくないという気持ちもありますが、決して安い買い物ではないことも事実。
最低限、六年間しっかりと使えるものを選んでほしい。
かといって、親が勝手に「これにしなさい」と決めてしまうと、エンドユーザーの当事者意識(オーナーシップ)が失われ、最悪の場合「背負いたくない」という運用ボイコットに繋がります。
このジレンマを解決するため、私はアジャイル開発の要件定義で使われる「MoSCoW(モスコウ)分析」を家庭にデプロイし、5歳児に「自分で選んだ」という錯覚……いや、満足感を与えるシステムを構築しました。
【今回私物化するビジネススキル】
今回、家庭という現場に導入(私物化)するスキルは以下の1つです。
MoSCoW(モスコウ)分析
プロジェクトの要件(要望)を以下の4つに分類し、優先順位をつける手法。
Must(絶対に必要)
Should(できれば必要)
Could(あったらいいな)
Won’t(今回は見送る・絶対にやらない)
この分析を用いて、親の「Must」と子供の「Won’t」を明確に切り分け、情報統制を行います。
【なぜ「自由に選ばせる」のが一番危険なのか?】
心理学には「選択のパラドックス」という言葉があります。選択肢が多すぎると、人は決断できなくなり、選んだ後も「あっちの方が良かったかも」と後悔しやすくなる現象です。
5歳児に何十種類ものランドセルを見せるのは、まさにこのパラドックスの極みです。
だからこそ、MoSCoW分析の「Won’t(絶対に選ばせないもの)」を親が事前に排除しておく必要があります。
重すぎる本革、奇抜すぎて高学年で後悔しそうな色、予算オーバーのブランド品。
これら「Won’t」の選択肢が子供の視界に入った瞬間、終わりのないコンフリクト(親子喧嘩)が始まります。
見せてから「それはダメ」と奪うのは反発を生みますが、「最初から見せなければ、存在しないのと同じ」なのです。
【実録・我が家の「錯覚のA/B/Cテスト」】
では、実際に我が家でどうやって5歳児と合意形成したのか。そのハック術を公開します。
ステップ1:親によるMoSCoW分析と「情報統制」
前回のRFPで絞り込んだ選択肢の中から、さらに親の目線でMoSCoW分析を行います。
Must(親の絶対条件)
軽い、丈夫、予算内。
Won’t(親の絶対NG)
派手すぎる金色、装飾が過度に女性的(もしくは男性的)すぎるもの。壊れやすいもの。
このMustを満たし、Won’tを含まない「どれを選ばれても親として100点満点のランドセル」を、あらかじめ【3つだけ】ピックアップします。
(例:ネイビー、黒×青ステッチ、深緑の3種類)
ステップ2:エンドユーザーへの「A/B/Cテスト(プレゼン)」
ここからが本番です。
休日の朝、機嫌の良いエンドユーザー(5歳児)をソファに座らせ、スマホやカタログで【その3つだけ】を見せます。我が家ではスクリーンショットを用意して見せていますが、例えば、カタログの他のページを物理的にクリップで留めて開けないようにするのもいいかもしれません。
パパ: 「かっこいいランドセルが3つある! 〇〇君は、Aのネイビー、Bの黒と青、Cの緑、どれが一番好き?」
息子(エンドユーザー): 「うーん…(真剣に悩む)。これ! Bの黒と青のやつがかっこいい!」
パパ&COO(妻): 「おおー! さすが、センスいいね! じゃあ、これを見に行こうか!」
エンドユーザーは「自分が数ある中から、一番かっこいいものを決断した」という強いオーナーシップ(満足感)を得られます。
しかしながら、実は裏側(バックエンド)では、どれを選んでも親の要件(Must)に100%合致するよう設計された、完璧な「管理された自由」だったのです。
ちなみに、実際にはもう少し紆余曲折ありました。
「光るやつ」にこだわっていた息子を連れて店舗に向かったところ、ギラギラの光るランドセルを見つけた息子は、それを「蓄光(暗闇で勝手に光る)」だと思い込み、手で覆って光るかどうかを確認していました。
そこで店員さんが「これは車のライトとかで光るんだよ」と教えてくれたのですが、息子はとても残念そうな顔に。もしかすると、この一件で装飾の多いデザインからシンプルなものへと気持ちがシフトしたのかもしれません。
【これぞ正しい私物化】
システム開発でもラン活でも、「現場の要望をすべて聞く」のは三流のディレクションです。
絶対に譲れない要件(Must)と、絶対にやらない要件(Won’t)を事前に定義し、安全な箱庭(選択肢)の中だけでエンドユーザーに決断の楽しさを味わってもらう。
これこそが、家族全員がハッピーになる高度な情報統制であり、正しい「MoSCoW分析の私物化」です。
さて、親の要件定義も終わり、エンドユーザーの合意も取れました。これでラン活完了!
……と言いたいところですが、まだ「最後の巨大な壁」が残っています。
次回、【第3回:ステークホルダー管理編】では、外部権力者である「祖父母」からのプレッシャーを、平和的に回避する外交交渉術を解説します。お楽しみに!

